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R301

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5.太らない体質

 時刻は十一時過ぎ、もうすぐ日付が変わろうとしていた。
「ヨウさんパスタ食べたい。作って」
「さっきバーガー食べただろ? まだ食うのか?」
「だって今日朝ご飯も昼ご飯も食べ損ねただもん。しかも部活あったし、バーガーだけじゃ足りない」
「はあ……売上に貢献してくれんのはありがたいけど」
 ヨウは背を向けて、調理をし始めた。レオはその姿を眺めながら、できあがるまで音楽を聴くことにした。
 お酒を飲みながら歌を口ずさんでいると、入口がゆっくりと開かれた。
「いらっしゃいませ」
 一瞬だけ顔を向けてヨウは挨拶をした。音楽に没頭していたレオは気づいていない。
「あ、レイネ。来てるんだ」
「秘密知っちゃったんですか?」
「まあね」
 テンは苦笑しながら、レイネと一つ席を空けて座った。
「こんばんは」
 耳からイヤフォンのコードが垂れていることは分かっていたので、肩を叩いて声をかけた。
 彼女は口で「あ」という形を作り、すぐにイヤフォンを外した。
「こんばんは」
「うん。久しぶり」
「そうですね」
 レオは機械本体にコードを巻きつけポケットにしまった。丁度いいタイミングでレオの注文したパスタはテーブルの上に置かれた。
「テンさん何にしますか?」
「ん、じゃあとりあえず」
 メニューからテンは適当に注文した。
「何か食べないんですか?」
「この時間食べたら太っちゃうでしょ。リーダーから気をつけるように言われてるの」
「えー食べないと死んじゃいますよ」
「死ぬって大げさな。レイネはしっかり食べるよな」
「うちお腹空いたら時間に関わらず食べるようにしてますよ。食べないとストレス溜まっちゃう」
「太らないの?」
「そういえば太りませんね。急激に体重増えたことないし」
 話しているうちにヨウはテンにお酒を出した。
「こいつ全然変わらないですよ。夜遅くにがっつり食べてるのに、そういう体質なんでしょうね」
「羨ましい。うちのリーダーみたいなもんか。あいつも普通に食べるくせに太らないからね。友達からは羨ましいって言われるでしょ?」
「よく言われますねえ」
 レオは過去を思い出しながらしみじみと言った。まだ湯気を発しているパスタをフォークで器用に巻いて口に運んだ。
「うわあ、見てると俺も食いたくなるなあ」
「食べます?」
 おもむろに次に食べようとして巻いた分をテンの口元に差し出した。
「や……いいです。ありがと」
 テンは驚いて言葉に詰まったがちゃんと断った。気のないレオの行動だが、なぜか調子が狂ってしまう。その心境に気づいたヨウと目が合い、小さく溜息をついた。
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4.リングとネックレス

 レオは友達に付き合って、大学近くの書店に来ていた。友達はファッション雑誌をあさり始める。そのコーナーは混雑していたので、レオは別の場所で時間を潰すことにした。ふと通ったコーナー見ると、リンクスが表紙の雑誌を見つけた。少し悩んで人もあまりいなかったので、読んでみることにした。
 初めてメンバー全員の顔を見た。テンはバンドのボーカルとあって、やはり一番いい顔をしていた。ボーカルだからか、他のメンバーよりも少し前に出て映っていた。
 開いてみると新曲を出すらしく、個々のインタビューが載っていた。テンはソロもやっていたので、ソロについてやバンドについても語っていた。ミュージシャンとして顔を初めて見たので、レオはおかしくなって口に笑みを作ってしまった。自分の変化に気づいてすぐに顔を引き締めるが、やはりおかしくて笑いそうになる。今までテンは音楽しか見ていなかった。そして人として見て、今度は芸能人として見ている。ポーズを取って映っている彼に笑いは止まらなかった。
 そこでレオはある箇所に目を奪われた。開けたシャツの間から見えるネックレス。ハートの形をしていた。思わず縫い止めていた口を開けた。そのネックレスには見覚えがあったからだ。
 それはテンと初めてあった時にリングと交換したものだった。アクセサリーを集める趣味があるレオの所持品を物色し、欲しいとねだってきたのでテンのリングと交換した。それをテンは雑誌の撮影で胸元につけていた。
 ハートのネックレスはレオが高校生の時に購入したものだ。雑貨屋で高校生のレオには
高い買い物だった。しかし、テンにとっては限りなく安物で、とても雑誌の撮影に身につけていいような代物じゃない。
 レオは雑誌を持ったまま固まった。
「雑誌買ってきたよ。レオもそれ買うの? 珍しい」
「あ、あ、うん。買おうかな」
 購入を終えた友達に声をかけられ、レオは頷いていた。
「あーリンクスじゃん。そういえばレオ好きだったよねえ。テン、マジかっこいいし」
「うん。そうだね」
 レオは相槌を打ちながら、財布を出そうとカバンを探った。その時にパーカーの下に潜んでいたネックレスが顔を出した。
「今日そんなのつけてたんだ? それ新しくない?」
 気づいた友達が言った。
「新しいっちゃ新しいかな」
「デザインかっこいい。どこの?」
「どこだっけ? 貰いものだから分かんないや」
「てか、何か高そ……」
 彼女は胸元に揺れるネックレスと手に取っていった。細身のリングに茨が描かれ中央には黒い石がはめられているものだった。
「これリングじゃないの?」
「ぶかぶかだったからネックレスにしたんだ」
 レオが答えると、友達の顔が嬉しそうに笑みを作った。
「男から?」
「じゃうちこれ買ってくる」
 後ろで文句を言いながらついてくる友達を無視して会計に向かった。

   ※

 休憩をしているところにアキヒコがやってきた。
「お疲れ」
「おう」
 テンが気づいて声をかけると、アキヒコは手を挙げて応えた。缶コーヒーを持って隣に座る。アキヒコがプルタブを起こす音を聞きながら、口に煙草を運んだ。
「あれ最近つけてねえな」
「ん?」
「一目惚れして買った茨のリング。気に入ったって言ってたじゃん」
「ああ、あれね。まあちょっと」
「代わりにそれよくつけてんよなあ」
 アキヒコは缶を持ったまま、テンの胸元を指差した。テンは指された物体を指で触れた。その輪郭を確かめるようになぞる。
「ハートとか珍しいじゃん。どこのブランド?」
「さあ貰いものだから知らない」
「貰いもの? 誰から?」
 尋ねられてテンはどう答えればいいか悩んだ。まさか女子大生に貰ったとは言えない。正確には交換だが。
「お、もしかして女か?」
 アキヒコの感は鋭い。意気揚々と質問を投げてくる。テンに見えた女の影に興味津々の様子だ。
「レオ君ですよ。新しい飲み仲間」
「ほんとか?」
「ほんと」
「ちえーつまんねえ」
 アキヒコは盛大な溜息をついて背もたれに背中を預けた。テンはそれを横目で見ながら、ネックレスと再度触った。

3.真夜中トーク

「あんな人多い中で音楽聴きたくない」
「違う!」
「声大きいですよ」
 冷めたような視線をテンに向ける。随分と飲んでいるはずなのに全然テンションが変わらない。テンは酔いが回って高揚した気分だと自覚していた。
「何がそんなにいいんです? ライブ映像見てるだけで、俺はお腹いっぱいですよ。行く気なんてさらさらしません」
「分かっちょらんなあ。イヤフォンで音楽聴いたって、それは一人エッチするようなもんじゃけん」
「……はあ?」
「一人エッチで得られる快感、それもええ。でもそれが本物だと言えんのか?」
 テンはレオに意見を求めた。指でつまんだプリッツがマイク代わりのようだ。
「言え、ない?」
 疑問形になりながらも、レオは答えた。
「そう!」
「だから声がでかいですって」
「……はい」
 鋭さの増した声にテンは落ち着いた。
「本当に違うんだよ。絶対損させないから来てみい。いかせてあげるよ」
「いちいち何でエロい方向に繋げるんですか?」
「だってエロは大事でしょ」
「そうなんですか?」
「君も男ならそうでしょ。二十歳なんてエロいことばっか考えるでしょ。俺は今でも変わらんけど」
「俺はあんまり興味ないですね。友達の話はたまに聞かされますが……」
「うっわそれすごい不健康」
「そんなもんなんですか?」
 相槌は打つが完全に興味はない。酒を快調に口に運んでいる。テンはその様子をぼんやりと眺めた。
「何ですか?」
「いや、全然酔わないなって思って」
「結構酔い回ってますよ」
「えー嘘だ」
「ほんとですって。キスとかすれば分かってくれます?」
 レオはふざけるようにぐっと顔を近づけた。
「俺するの専門」
 少しだけ見つめ合って、レオはすぐに顔を離した。
「なんて。いるんですよね。友達に寄ったらキス魔になる人が。もうこの前なんか相当キスされましたよ」
「レオ君は乱れないの?」
「今までに乱れたことはないですね」
「じゃあ俺が初になってやろうっと」
 テンはレオの空になったグラスにワインを注いだ。
「じゃあテンさんも」
 レオもまだ途中のグラスに並々に注ぐ。
「うっわ、それは注ぎ過ぎでしょ」
 もうすっかりテンは秘密を暴くことを忘れていた。レオも飲むことにすべての意識が向けられて、仕掛けたことを頭の奥に追いやられている。
 二人の夜は始まったばかりだった。

2.秘密

 遠くで音楽が鳴っている。どこかで聞いたような、でも思い出せない。覚醒を強要させるその音にテンは苛々し出した。音のする方向へ手を伸ばし掴んだ。形から携帯だと分かった。確認もしないまま開いて適当にボタンを押すと、その音は止んだ。
 伸ばした手がだんだんと冷えていくのを感じ、引っ込めて寝返りを打った。いつもならありえない感触があった。手の横に顔があった。テンはすぐに思い出せた。酒は浴びるほど飲んだが、記憶は失っていなかった。
 その寝顔はとても愛らしかった。昨日は気づかなかったが、目を閉じていると長いまつげがはっきりと分かった。化粧をしているわけでもないのに肌白く、テンは手を伸ばしていた。起こさないように指先を滑らす。
「んっ」
 レオが小さく唸ったので、さっと手を離した。自分の行動に苦笑する。
 完全に目が覚めてしまったものの、ベッドから動くのは気が引けた。起こすのも悪いし、脱いだ衣服が見当たらないので温もりを離したくなかった。
 せっかく温もりに癒されていたのに、レオが寝返りを打ったせいで冷気が流れ込んできた。けれど、テンはそんなことよりも意識は別の場所に釘づけになった。
「え……」
 開いた口が塞がらない。レオの胸に小さくても確かな膨らみを発見した。思わず手を伸ばすが、触るわけにはいかないので手を止める。
 思考が追いついていかない。男だと思って接していた人物の性別が一晩で変わっていたのだ。いや、違う。これがレオの言う秘密。やられたというよりは、とんでもない罪を犯した気分になった。
「ばれちゃいました?」
 考え込んでいると、レオの声が聞こえた。
「あーうち寝てる時に脱ぐ癖があるんですよね。またやっちゃった。これじゃさすがにばれる」
 淡々とした口調でレオは言った。
「ちょ、君、女?」
「はい。改めまして、西口礼音です。レイとかレオとかレオンって呼ばれてます。家族でもなかなかレイネって呼びませんよ」
 彼女は笑うが、テンは笑えない。知らなかったとはいえ、十以上歳離れている異性とベッドで一晩過ごしたのだ。何もないにしろ、罪を犯したような気持ちになる。
「秘密ってそれ?」
「はい。まさか一晩でばれちゃうとは思いませんでしたけど」
 レオは何も気にしていないような軽い口調で言う。
「いかん。俺いくつだと思ってんだよ」
「二十代じゃないんですか?」
「もう三十超えた」
「へえ、若々しいですね。まだ全然二十代でもいけますよ」
 どうやら直接的に言わないと分からないようだ。テンは大きく溜息を吐いて、レオに向き合った。
「あのな、軽々しく男を家に上げ込むなって言ってんじゃ。何されるか分からんぞ」
「テンさん何かするんですか?」
 そんな返しが来るとは思わなかった。怯んで次の言葉が出せなかった。
「うちそういうの興味ないんで大丈夫ですよ」
 屈託なく笑う。
「これでもか」
 テンは少し苛ついたので、レオをベッドに押し倒した。それでも彼女は表情を変えなかった。唇を奪おうと顔を近づけると、彼女は逃げるように逸らして「ごめんなさい」と呟いた。
「分かればええんやけど。秘密って何かと思えばこれだったのね。まったくひやひやする。こうやって男を軽く部屋に上げたら駄目だよ」
「はーい」
 さきほどの謝罪とはまったく声の調子が違った。
「ほんと分かっちょる?」
「はい」
 その笑顔に毒気を抜かれてもう何かを言う気にはならなかった。溜息をつきながら手を離して、ベッドの淵に腰をかけた。カーペットの上に脱ぎ散らかった服を見つけたので引き寄せて頭から被った。
「レ……」
 テンは何て呼ぼうか悩んだ。女と分かったのに「レオ」と呼ぶのは気が引けた。
「何でもいいですよ」
「じゃあレイネ。いつまでもそんな格好でいちゃ駄目。服着な」
 レオの服と思われるものを拾い、渡した。レオは微笑んで、受け取った。
「何か新鮮。レイネってなかなか呼ばれないから」
「それが君の名前でしょ」
「テンさんって不思議な人ですね。ますます好きになりそう」
「は?」
 レオはテンの疑問には答えずに、洗面所へ向かった。テンは雲のように掴めない彼女の背中をじっと見つめた。

1.13日の金曜日

 まるで月に惑わされたようにテンは歩いていた。数年も通ることのなかった道を毎日歩いているかのような足取りで。
 やがて一つの店に辿り着いた。
「いらっしゃいませ」
 客はいなかった。突然の来客にも店員は慌てることなく迎えていた。
 テンはドアを閉めて、顔をしかめた。内装はあまり変わらないが、数年前よりもカウンターに立つ人物が若返っていた。
「あれ? マスター若返った?」
「そんなわけないじゃないですか。親父はいい歳になりました。ようやく俺もここに一人で立たしてもらうようになって」
「ああ、ヨウ君。大きくなったねえ。ていうよりも立派になったって言ったほうがいいかな」
「ありがとうございます」
 ヨウは苦笑しながらも、素直にお礼を言った。
「随分と久しぶりですね。もうここには来ないと思ってました。今日はどうしてまた?」
「んー特に理由はないよ」
「何ですかそれ」
「しいて言えば」
 テンは意味ありげに間を空けた。
「……十三日の金曜日だからかな」
「あはは。相変わらず不思議な人ですね。変わってないようで安心しました」
「それ褒め言葉?」
「もちろん。久しぶりにきてくださって嬉しいです。ゆっくりしていってくださいね。何にしますか?」
口を開こうとした瞬間、ドアが音を立てて開いた。
「こんばんは……ってお客さんがいる。珍しい」
 ジャージ姿の小柄な男が入ってきた。目は合ったが、その男の目はすぐにヨウに向かった。
「お前また一人か? たまには誰か連れてこいよ」
「それじゃあ隠れ家の意味ないじゃん。部活上がりだから、お腹空いたよ。とりあえずバーガーとレッドアイをお願いします」
 テンと間隔を空けて座り、大きな荷物を床に置いた。見たところ学生だ。素早く全身を見るが、多分男だろう。しかし、中性的な顔をしている。男にしては可愛らしい。そして小柄だ。
「レオ。一人じゃないんだから騒がしくするなよ。テンさんすみません」
「あ、ごめんなさい」
 レオと呼ばれた彼はテンの方を向いて、小さく会釈した。
「あの子未成年じゃないよな?」
 テンはヨウにこっそり聞いた。レオは首を捻ったりして、こちらの動きには興味がないようだ。
「一応二十歳ですよ。あいつはここの最年少常連です」
「へえ」
 乗り出した体を元に戻した。出されたお酒を喉に通して、煙草に火をつけた。灰皿を手元に寄せて、灰を落とした。すっと煙を吐く。
 調理を終えたヨウがレオの前にバーガーを出した。
「いただきまーす」
 ちゃんと手を合わせて、豪快に口に運んだ。数回咀嚼して、レッドアイを一気に飲んだ。可愛い顔に似合わず随分と男らしい仕草だ。
「あ、レオ。お前テンさんのファンって言ってただろ? 気にならないのか」
 グラスを磨いていたヨウはレオのほうに寄り、テンに聞こえないように尋ねた。
「テンって誰?」
「は!」
 テン本人に気づかれないように聞いたのに、レオの予想外な発言によりついヨウは大きな声を出してしまった。
「お前好きって言ってただろ?」
「だからテンって誰?」
 声はテンの元にも届いた。
「俺のこと?」
「あ、すみません。こいつがファンだって言うから」
「だからテンって誰?」
 少し苛々したようにレオが言った。
「ほらリンクスの」
「……あ、ああね。好きだよ。めっちゃ声いいし、音もかっこいいし。でもファンではない」
「レオ!」
 ヨウは声を荒げた。レオは疑問を顔に浮かべている。そのやり取りが面白くて、テンはたまらず笑い声を漏らした。
「テンさん、すみません。ほんとこいつ失礼で。この人がリンクスのボーカルテンさんだよ」
「この人があの、いい声で歌う、あの?」
 手でテンを示した。
「どうも」
 テンは小さく微笑んで見せた。
「へえ」
「へえってそれ以外にないのかよ。ああもう言うんじゃなかった」
 ヨウは頭を抱えた。
「あはは。君面白いね。こんな新鮮な反応初めて。俺も自惚れてたかな」
「自惚れていいと思いますよ。あなたの声すごく好きです」
「レオ君だっけ?」
「違います。こいつは―」
「ヨウさん」
 音量も調子もすごく落ち着いていたが、その一言はヨウの言葉を止めた。
「どしたの?」
「俺、ほんとはレオンって言うんですよ。ヨウさんには初めて会った時に間違えられてそれが続いてるんです。レオでもレオンでも好きに呼んでください」
「おい。どういうつもりなんだ?」
「テンさん俺には秘密があるんですよ。ヨウさんは知ってます。暴いてみませんか?」
「えー何だろ。本当は未成年とか?」
 テンはとりあえず適当に口にした。
「そうだったらヨウさんは飲ませてくれませんよ。存外固い人ですから」
「ほんとは三十路」
「そうだったら面白いですね」
 これも違うことを意味している。
「俺に会ったことがある?」
「まさか。今日初めて顔を知りました」
「分からんのう」
 テンはすっかり故郷の口調に戻っていた。東京に来てからは従うように標準語になっていた。それに抵抗はなかったし、すんなり受け入れていた。
「当てに来ないで飲みましょうよ。俺、誰かと飲むの久しぶりです」
 そう言ってレオはグラスを近づけた。
「乾杯」
 その瞳が赤く揺れているように見えた。

        

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真崎 束音
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