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2.秘密

 遠くで音楽が鳴っている。どこかで聞いたような、でも思い出せない。覚醒を強要させるその音にテンは苛々し出した。音のする方向へ手を伸ばし掴んだ。形から携帯だと分かった。確認もしないまま開いて適当にボタンを押すと、その音は止んだ。
 伸ばした手がだんだんと冷えていくのを感じ、引っ込めて寝返りを打った。いつもならありえない感触があった。手の横に顔があった。テンはすぐに思い出せた。酒は浴びるほど飲んだが、記憶は失っていなかった。
 その寝顔はとても愛らしかった。昨日は気づかなかったが、目を閉じていると長いまつげがはっきりと分かった。化粧をしているわけでもないのに肌白く、テンは手を伸ばしていた。起こさないように指先を滑らす。
「んっ」
 レオが小さく唸ったので、さっと手を離した。自分の行動に苦笑する。
 完全に目が覚めてしまったものの、ベッドから動くのは気が引けた。起こすのも悪いし、脱いだ衣服が見当たらないので温もりを離したくなかった。
 せっかく温もりに癒されていたのに、レオが寝返りを打ったせいで冷気が流れ込んできた。けれど、テンはそんなことよりも意識は別の場所に釘づけになった。
「え……」
 開いた口が塞がらない。レオの胸に小さくても確かな膨らみを発見した。思わず手を伸ばすが、触るわけにはいかないので手を止める。
 思考が追いついていかない。男だと思って接していた人物の性別が一晩で変わっていたのだ。いや、違う。これがレオの言う秘密。やられたというよりは、とんでもない罪を犯した気分になった。
「ばれちゃいました?」
 考え込んでいると、レオの声が聞こえた。
「あーうち寝てる時に脱ぐ癖があるんですよね。またやっちゃった。これじゃさすがにばれる」
 淡々とした口調でレオは言った。
「ちょ、君、女?」
「はい。改めまして、西口礼音です。レイとかレオとかレオンって呼ばれてます。家族でもなかなかレイネって呼びませんよ」
 彼女は笑うが、テンは笑えない。知らなかったとはいえ、十以上歳離れている異性とベッドで一晩過ごしたのだ。何もないにしろ、罪を犯したような気持ちになる。
「秘密ってそれ?」
「はい。まさか一晩でばれちゃうとは思いませんでしたけど」
 レオは何も気にしていないような軽い口調で言う。
「いかん。俺いくつだと思ってんだよ」
「二十代じゃないんですか?」
「もう三十超えた」
「へえ、若々しいですね。まだ全然二十代でもいけますよ」
 どうやら直接的に言わないと分からないようだ。テンは大きく溜息を吐いて、レオに向き合った。
「あのな、軽々しく男を家に上げ込むなって言ってんじゃ。何されるか分からんぞ」
「テンさん何かするんですか?」
 そんな返しが来るとは思わなかった。怯んで次の言葉が出せなかった。
「うちそういうの興味ないんで大丈夫ですよ」
 屈託なく笑う。
「これでもか」
 テンは少し苛ついたので、レオをベッドに押し倒した。それでも彼女は表情を変えなかった。唇を奪おうと顔を近づけると、彼女は逃げるように逸らして「ごめんなさい」と呟いた。
「分かればええんやけど。秘密って何かと思えばこれだったのね。まったくひやひやする。こうやって男を軽く部屋に上げたら駄目だよ」
「はーい」
 さきほどの謝罪とはまったく声の調子が違った。
「ほんと分かっちょる?」
「はい」
 その笑顔に毒気を抜かれてもう何かを言う気にはならなかった。溜息をつきながら手を離して、ベッドの淵に腰をかけた。カーペットの上に脱ぎ散らかった服を見つけたので引き寄せて頭から被った。
「レ……」
 テンは何て呼ぼうか悩んだ。女と分かったのに「レオ」と呼ぶのは気が引けた。
「何でもいいですよ」
「じゃあレイネ。いつまでもそんな格好でいちゃ駄目。服着な」
 レオの服と思われるものを拾い、渡した。レオは微笑んで、受け取った。
「何か新鮮。レイネってなかなか呼ばれないから」
「それが君の名前でしょ」
「テンさんって不思議な人ですね。ますます好きになりそう」
「は?」
 レオはテンの疑問には答えずに、洗面所へ向かった。テンは雲のように掴めない彼女の背中をじっと見つめた。
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1.13日の金曜日

 まるで月に惑わされたようにテンは歩いていた。数年も通ることのなかった道を毎日歩いているかのような足取りで。
 やがて一つの店に辿り着いた。
「いらっしゃいませ」
 客はいなかった。突然の来客にも店員は慌てることなく迎えていた。
 テンはドアを閉めて、顔をしかめた。内装はあまり変わらないが、数年前よりもカウンターに立つ人物が若返っていた。
「あれ? マスター若返った?」
「そんなわけないじゃないですか。親父はいい歳になりました。ようやく俺もここに一人で立たしてもらうようになって」
「ああ、ヨウ君。大きくなったねえ。ていうよりも立派になったって言ったほうがいいかな」
「ありがとうございます」
 ヨウは苦笑しながらも、素直にお礼を言った。
「随分と久しぶりですね。もうここには来ないと思ってました。今日はどうしてまた?」
「んー特に理由はないよ」
「何ですかそれ」
「しいて言えば」
 テンは意味ありげに間を空けた。
「……十三日の金曜日だからかな」
「あはは。相変わらず不思議な人ですね。変わってないようで安心しました」
「それ褒め言葉?」
「もちろん。久しぶりにきてくださって嬉しいです。ゆっくりしていってくださいね。何にしますか?」
口を開こうとした瞬間、ドアが音を立てて開いた。
「こんばんは……ってお客さんがいる。珍しい」
 ジャージ姿の小柄な男が入ってきた。目は合ったが、その男の目はすぐにヨウに向かった。
「お前また一人か? たまには誰か連れてこいよ」
「それじゃあ隠れ家の意味ないじゃん。部活上がりだから、お腹空いたよ。とりあえずバーガーとレッドアイをお願いします」
 テンと間隔を空けて座り、大きな荷物を床に置いた。見たところ学生だ。素早く全身を見るが、多分男だろう。しかし、中性的な顔をしている。男にしては可愛らしい。そして小柄だ。
「レオ。一人じゃないんだから騒がしくするなよ。テンさんすみません」
「あ、ごめんなさい」
 レオと呼ばれた彼はテンの方を向いて、小さく会釈した。
「あの子未成年じゃないよな?」
 テンはヨウにこっそり聞いた。レオは首を捻ったりして、こちらの動きには興味がないようだ。
「一応二十歳ですよ。あいつはここの最年少常連です」
「へえ」
 乗り出した体を元に戻した。出されたお酒を喉に通して、煙草に火をつけた。灰皿を手元に寄せて、灰を落とした。すっと煙を吐く。
 調理を終えたヨウがレオの前にバーガーを出した。
「いただきまーす」
 ちゃんと手を合わせて、豪快に口に運んだ。数回咀嚼して、レッドアイを一気に飲んだ。可愛い顔に似合わず随分と男らしい仕草だ。
「あ、レオ。お前テンさんのファンって言ってただろ? 気にならないのか」
 グラスを磨いていたヨウはレオのほうに寄り、テンに聞こえないように尋ねた。
「テンって誰?」
「は!」
 テン本人に気づかれないように聞いたのに、レオの予想外な発言によりついヨウは大きな声を出してしまった。
「お前好きって言ってただろ?」
「だからテンって誰?」
 声はテンの元にも届いた。
「俺のこと?」
「あ、すみません。こいつがファンだって言うから」
「だからテンって誰?」
 少し苛々したようにレオが言った。
「ほらリンクスの」
「……あ、ああね。好きだよ。めっちゃ声いいし、音もかっこいいし。でもファンではない」
「レオ!」
 ヨウは声を荒げた。レオは疑問を顔に浮かべている。そのやり取りが面白くて、テンはたまらず笑い声を漏らした。
「テンさん、すみません。ほんとこいつ失礼で。この人がリンクスのボーカルテンさんだよ」
「この人があの、いい声で歌う、あの?」
 手でテンを示した。
「どうも」
 テンは小さく微笑んで見せた。
「へえ」
「へえってそれ以外にないのかよ。ああもう言うんじゃなかった」
 ヨウは頭を抱えた。
「あはは。君面白いね。こんな新鮮な反応初めて。俺も自惚れてたかな」
「自惚れていいと思いますよ。あなたの声すごく好きです」
「レオ君だっけ?」
「違います。こいつは―」
「ヨウさん」
 音量も調子もすごく落ち着いていたが、その一言はヨウの言葉を止めた。
「どしたの?」
「俺、ほんとはレオンって言うんですよ。ヨウさんには初めて会った時に間違えられてそれが続いてるんです。レオでもレオンでも好きに呼んでください」
「おい。どういうつもりなんだ?」
「テンさん俺には秘密があるんですよ。ヨウさんは知ってます。暴いてみませんか?」
「えー何だろ。本当は未成年とか?」
 テンはとりあえず適当に口にした。
「そうだったらヨウさんは飲ませてくれませんよ。存外固い人ですから」
「ほんとは三十路」
「そうだったら面白いですね」
 これも違うことを意味している。
「俺に会ったことがある?」
「まさか。今日初めて顔を知りました」
「分からんのう」
 テンはすっかり故郷の口調に戻っていた。東京に来てからは従うように標準語になっていた。それに抵抗はなかったし、すんなり受け入れていた。
「当てに来ないで飲みましょうよ。俺、誰かと飲むの久しぶりです」
 そう言ってレオはグラスを近づけた。
「乾杯」
 その瞳が赤く揺れているように見えた。

31~40

31.
君が今眠っているなら、夢にそっと潜り込みたい。悪い夢なら救い出そう。優しい夢なら寄り添おう。目を閉じてもいいかな。離れ離れはやっぱり寂しいよ。繰り返した思い出は擦り切れた。君に、会いたい。せめて夢の中でも、覚めてしまうと分かっていても、君に会えるなら何だっていい。早く、会いたい。

32.
今日も、眠れない。目を開けたまま朝が来る。明日を失ったのはいつだろう。数え切れないほど遠い日のこと。おやすみ、おはよう。おはよう、おやすみ。ずっと口にしていない。冷たいベッドの上で、冷めた夢に浮かぶ。ゆらゆら揺られ、千鳥足で現実に戻った。カーテンの裏側で月が笑う。長い夜の幕開け。

33.
好きにやればいいさ。分かっているよね?好き勝手とは違うよ。一人に一つの人生だ。自分がすべてを決めるんだ。手綱を離すな。時に波に飲まれても。誰にだって、一度や二度、何度も襲う。どうにもできなくてもいい。握ってさえいれば、チャンスは必ず訪れる。その目を凝らせ。未来へと光が差している。

34.
隣にいることはできなくても、側にいることはできると思うんだ。僕は君のこと、君は僕のことを考える。例えば僕はこんなふうに。あの服君に似合いそうだ。君が喜びそうなケーキの美味しいカフェを見つけた。君の好きな音楽が流れている。僕も好き。今夜は満月。君も見ているかな。どう、やってみない?

35.
会いたくなったから会いに来たんだ。会えなくなったらどうしようって不安になったんだ。君はどこにも行かないよね?僕から離れたりしないよね?突然消えたりしないよね?みんな、みんな、いなくなっちゃったんだ。気づいたら、手が赤く濡れている。冷たい、とても冷たい。怖いよ。君に触れていいかな。

36.
君から突然、会いたいのメール。何でだよ。僕は君に何もしていない。もらうばかりで、何もあげられてないんだ。なぜ?なぜ?分からないよ。君はたくさんの友達に囲まれている。僕なんかとっくに忘れられたと思っていた。君にとって僕は何?教えて。いや、やっぱり知りたくない。でも、やっぱり欲しい。

37.
どうすればいいかな?泣いている君に、僕は何ができるかな?正直君のことよく分かってないし、的外れなこと言ってしまうかもしれない。少しでも早く笑顔になれるように、力になりたいのは本当だよ。ごめんね。数十年生きたって何も学べてない。とりあえず側にいさせて。言葉はまだ浮かんでこないけど。

38.
君が泣いても、僕はきっと気づけない。次の日いつものように笑うんでしょ。なかったことにするんでしょ。そんなの嫌だ。絶対に許さない。何かあったから泣いたんだ。堪え切れないほどの何かが。君が一人で泣いたと思うと、寂しい悲しい。隠さないで。過去には戻れないけど、拭うことなら僕にもできる。

39.
温もりは冷めるから、何度もくっつこうよ。寒くなったら、遠慮しないで。おいで。自分から言うの、ちょっと恥ずかしいんだ。ごめんね、君に任せちゃう。二人の距離がゆっくりと近づく。こんな、初々しい感じが、たまらなく愛しい。ついでにキスもしよっか。なぜかそれは積極的にできるんだ。許してね。

40.
文字でいいから伝えてみないか。声に出さなくてもいいんだ。書いて伝える手もあるんだ。消したって消えない。君の心は確かに存在する。分かってあげられるかは不安だけど、僕は知りたい。君をいつまでも待っているよ。呼んでくれたら必ず応えるよ。望んでくれるなら、ずっとずっとずーっと側にいるよ。

21~30

21.
私、待たないよ。ついていく気もない。君は泣いてほしいの?毎晩膝を抱えて、明くる朝に目を腫らして、みんなの前では笑って、そんな私になってほしいの?そんなの嫌。私はどこでも行くよ。夢があるもの。君と同じように追いかける。出会う前から温めてきたんだから。君を失っても、私は夢を選びたい。

22.
神様へ。世界が終わる前に連絡をください。早過ぎず、遅過ぎずがいいですね。準備には少しばかし時間が要りますし、あまりに待たせると心が揺らいでしまうでしょう。瞬間を最上級の笑顔で迎えます。それともう一つ。みんな一緒にお願いします。もちろんあなた、神様もですよ。では、確かに伝えました。

23.
ベッドの上の僕。「よく眠れた?」って君が尋ねる。「体は何とない?」って君は心配をする。「よく眠れたよ。何ともないよ。大丈夫」って僕は答える。本当のことは口にしない。君を庇っているわけでも、僕を守っているわけでもない。本当のことは何をしてくれるの?君に、僕に、世界に。君はどう思う?

24.
傷つけてもいいの。好きだから、この痛みが愛おしくなる。だってそうでしょ?嫌いだったら、痛くも痒くもない。会えなくて、悲しくも寂しくもない。たとえ傷つけられても、愛おしく思うことは絶対にない。それから、とびっきりの幸せを感じることもね。君は君のままでいて。好きよ。とても、君が好き。

25.
僕は君を忘れないだろうか。君は僕を忘れないだろうか。どんなに離れても思い出せるだろうか。いつまでも覚えていられるだろうか。言葉を、形を、心を、想いを、すべてを残せられるだろうか。僕には自信がないんだ。この景色に君はいない。嫌だ。雪に消えないで。風に流されないで。光に埋もれないで。

26.
ヒーローじゃないけど、俺を選んでくれないか。世界は救えないけど、君を守ってみせるよ。空は飛べないけど、全速力で駆けつける。テレパシーは使えないけど、毎晩愛を囁く。強がりは得意なんだ。少しはかっこよく見えるだろ。君が隣にいれば怖いもん知らずさ。君に誓う。何があっても君から離れない。

27.
その台詞を私に向けてくれればよかったのに。名前は口に出さなかったけど、遠くを見つめる瞳に私は映っていない。分かるの。私はあなたが好きだから。顔が見たくて、声が聞きたくて、あなたが他の誰を想っていても。報われないのは同じみたいね。時々すごく悲しそう。どう?傷を舐め合ってみませんか?

28.
こっちを向いて。目を逸らさないで。少しの間でいい。僕の話を聞いてくれないか。これが最後だ。僕は怖かった。君がずっと怖かった。触れたら壊してしまいそうだった。きれいな瞳が歪む先にいたくなかった。僕から君を避けた。君を嫌いなわけがない。好きで、好きで仕方なくて、離れることに決めたよ。

29.
最初から最後まで君しかいらない。君が分かるまで、耳に、口に、中に、何度も流し込む。逃げたきゃ勝手に逃げればいいさ。地の果てまで追い詰めてやる。もし忘れたなら、思い出させる。言っただろ。俺は君だけが欲しい。それ以上に何か?いいぜ。君が俺を求めるなら、全部やるよ。この手に落ちてきな。

30.
君に謝らなきゃいけない。出会ってごめん。好きになって、もっとごめん。色々と迷惑をかけたね。そんな顔をさせたかったわけじゃないけど、僕がさせてしまった。それに、さらにごめん。君を好きになったことは、まったく後悔してないんだ。僕は君の幸せを願っている。バイバイ、君は僕のいない明日へ。

11~20

11.
あなたを愛したことが、私の人生でした。あなたに愛されたことが、私の幸福でした。泣かないでとは言えません。悲しみもまた喜びです。ただ知ってほしいのです。あなたは夢みたいな日々を、夢じゃない日々にしてくれました。これからも夢にしないでください。ありがとう。私は、あなたの中に眠ります。

12.
「大丈夫」苦しい。「あっち行けよ」どこにも行くな。「触んじゃねえ」離さないで。「虫唾が走る」君が好き。畜生!何で届かないんだよ!どうして誰も気づいてくれないんだよ!こんなに近くにいるのに。喉が裂けるほど叫んでるのに。もう無理だ。これ以上歩けない。ここでいい。お願いだ、楽にしてよ。

13.
春が来るよ。花が咲くよ。新しい季節だよ。またここから始めよう。過去はけして消えないけど、僕達は何度でも未来を描ける。遅いか速いかはそれほど問題じゃない。保証はないけどきっと大丈夫。一緒だからきっと大丈夫。さあ涙を拭いて。ほら顔を上げて。鮮やかな景色が泣くよ。君と笑い合いたいんだ。

14.
とりあえずキスをしよう。分からないなら確かめてみよう。嫌だったら引っ叩いてくれればいいからさ。僕は気づいている。君が好きだよ。ずっと前から君が好きだった。迷うってことは、少しでも僕への気持ちがあるって解釈するよ。しー。何も言わなくていい。目を閉じて。恋愛はどこからでも始められる。

15.
また今日も一日が過ぎる。太陽の届かない部屋にいた。とても静かな映画を観た。息を詰めないと、呼吸さえも雑音になった。時々、音楽も聴いた。すぐに電源を落とした。鳴り止まなかった。耳を塞いでも、きれいなメロディーが繰り返し流れていた。気が遠くなるように長かった。時間は平等に進んでいた。

16.
僕が君に染まった。まるで最初からそうであったように。会えなくても、側にいるような心地よさを感じた。一緒にいると色がより深くなる。包まれて眠りたくて、でも眠るのが勿体なくて、見つめているといつの間にか眠っている、日々。何度愛を伝えても足りない。まだ足りないから、僕はここで君を待つ。

17.
泣いている振りが上手なんだね。楽しい振りもプロ級だ。みんなすっかり騙されている。でも僕は知った。世界の悲しみが、君の悲しみとは限らない。世界の幸せが、君の幸せとは限らない。頑張って泣かなくてもいい。無理して笑わなくてもいい。教室だけが世界じゃない。僕の前だけでもすべてを脱いでよ。

18.
使ったら壊れます。古くなったら捨てます。私もいつか捨てられるのでしょう。ナマモノですが、不燃物の日がお勧めです。ゴウゴウと燃やしてください。花は可哀想なので、一緒にしませんよう。煙を目に吸い込んでください。嘘でも泣けます。灰は空へと。舞い降る姿は、雪のように見えるかもしれません。

19.
「別れたいの」彼女は静かに、だけどきっぱりと告げた。「僕を嫌いになった?」「違うわ」「好きじゃなくなった?」「好きよ」その一瞬で分かってしまった。僕以上が君の中にある。「付き合ってるの?」まつ毛が揺れた。だったら、と口を開いた。言葉が出てこなかった。目の前でコーヒーが冷めていく。

20.
都合がいいかな。君は僕だけを見ていてほしいってさ。僕は君だけじゃ足りなくて、不安になって、今夜も違う温もりに眠る。飽きたら君を求める。最低だよ。分かってるんだ。だけど君がいなきゃ駄目なんだ。君じゃなきゃ。他の奴のとこなんか行かないで。帰る場所は君なんだ。君がいなきゃ僕は飛べない。

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真崎 束音
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