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1.救世主

「あー!」
 授業が始まる直前ヒデの叫び声が響き渡った。
「ヒデうっせーよ! 何なんだよ?」
 近くにいたクラスメイトが叱りつけながら問うた。他のクラスメイトも集まってくる。
「あー! もー!」
「だから何なんだって!」
「忘れたあ!」
 ことを伝えるだけなのにいちいち声が大きい。うんざりしたような顔でクラスメイトはどういうことなのか理解した。
「お前次忘れたら課題って言われてなかったっけ?」
「そうだよ!」
「高田馬鹿じゃん」
「……そうです。俺は馬鹿です」
 女子に言われてうなだれた。
「他のクラスに借りてくれば、万が一担任来てもごまかしといてやるから。」
「マジで! 愛してるぜ!」
「声でけえよ」
 クラスメイトの呆れた声を背中で聞きながら、教室を出た。

 急いで隣のクラスに来たが、もぬけの殻。次のクラスに行くが、そこにも人はいなかった。こんな時に限って移動教室らしい。ヒデは最後の綱を望み四組の教室に入った。
「誰かいる!」
 勢いよく開けて覗くと、電気の点いていない教室にたった一人男子生徒がいた。学年の名前は大体把握していたヒデだったが、どうにも名前が出てこなかった。
 その男子生徒はヒデを一瞬だけ見遣ると後ろのドアに向かった。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!」
 どうやら悪い奴ではなさそうだ。声をかけると止まってくれた。
「何か用ですか?」
「俺二組の高田っていうんだけど、英和持ってない?」
「英和……」
「俺忘れ物多くてさ、次忘れたら課題出されちゃうの。だからあったら貸して! このとーり!」
 ヒデは手を合わせて懇願した。顔を上げずにいると、男子生徒の足が消えた。戻ってきたら、水色が目の前に出された。
「どうぞ。たまたまあったから」
「うおー!」
 辞書を手に取ってヒデは感動のあまり奇声を上げた。
「じゃ」
「マジでさんきゅな! あ、お前名前は?」
 男子生徒は何も言わずに教室を出て行った。それと同時にチャイムが鳴ったので、名前を聞くことができず教室に戻ることになった。
 軽く走りながら、辞書を見てみると黒く文字で「星島奏」と書いてあった。

 SHRが終わってすぐに荷物をまとめたヒデは辞書を持って四組に向かった。もちろんクラスメイトに挨拶をすることは忘れない。
「よお、高田じゃん」
「おいっす」
 四組に入ると、声をかけられた。意味もなく手を挙げて応えた。
「どうしたんだよ?」
「いやちょっとメシアに用があって……」
 クラスを見渡してカナデの姿を探した。生徒は「メシア」という単語に首を捻らせている。
「あ、発見!」
 ヒデは後ろの席にいたカナデを指差して言った。
「え、何、星島?」
「うん、そう」
 荷物をまとめているカナデに駆け寄った。
「よ、メシア!」
 声をかけたが、カナデは目も合わせてくれなかった。
「えー何で無視すんの?」
「俺はメシアなんて名前じゃない」
「いやあ俺にとってはメシアだからさ。辞書あんがと。おかげで課題免れた。本当にさんきゅ、星島奏君」
「別に。あったから貸しただけ」
 素っ気ない態度で辞書を受け取ると、カナデは席を立った。四組の生徒は物珍しい目で二人を遠巻きに見ていた。
 ヒデは去ろうとするカナデの腕を掴んだ。
「何?」
「お礼させてよ」
 歯を見せて笑うと、カナデは眉を潜めた。
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真崎 束音
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