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2024年11月24日
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糸
短編
2014年06月18日
いつからだったんだろう。きっかけは何だったんだろう。あの時かもしれない。そうじゃないかもしれない。年に一、二回会えるか会えないかの間柄だ。気持ちが芽生えるのなんてごく稀だ。それに僕と彼女は六つも離れている。稀中の稀。だけど僕には気持ちが芽生えてしまった。
僕は彼女に恋をしている。
彼女を気安く「お姉ちゃん」と呼んで抱きついていた自分を思い出して恥ずかしくなる。今は何と呼べばいいか分からないし、どんな会話をしたらいいのか分からない。年に数回の邂逅は、ほとんど顔も合わせず言葉も交わせず、彼女から初めてお年玉を受け取り敬語でバイバイ。彼女の乗る車が去ったのを家の中で聞いていた。
彼女を好きと気づいてから同級生、先輩でさえ、とても子供に思えた。いつを境目にかぐんと大人びた彼女は、僕が認める唯一の女性だった。
今や僕は携帯を持っている。母さんが心配性のおかげで持つことができた。部活が遅くまであるというおかげでもある。
もちろん彼女も持っているだろう。アドレスを知りたい。母さんに聞けば分かるかもしれないけど、それは自殺行為だ。好きな人を知られるのも嫌なのに、その相手が彼女だと知られるなんてもっと嫌だ。とんでもない。
とは思うものの、アドレスを知ったところでメールを送れるのだろうか。どんなことを話せばいいのだろうか。
一度、母さんがいない間に携帯の電話帳を盗み見ようとして、やめた。気が引けたとはまたちょっと違った。そもそも僕は彼女の家の電話番号すら知らない。まあ彼女は実家を出ているので知っていても意味がない。
彼女に会えない日々が淡々と続く。想いだけが募る一方だった。
季節は夏になった。夏休みに入ったからとはいえ僕は受験生だ。浮かれている暇はない、と先生は言う。前に母さんも言っていた。それでも浮かれてしまう。彼女が帰省するというのだ。母さんの実家に僕らの家族は行く。それに合わせて彼女の家族も来るらしい。七月いっぱいで大好きな部活は終わるし、塾通いは増えるけど、今はそんなことよりも彼女と会えることのほうが胸を占めていた。
何度か同級生の女子の着飾った格好を見たが、彼女のあっさりとした服装のほうが断然魅力的だった。案の定僕は彼女と挨拶を交わしただけで、僕は和室に、彼女は居間に行ってしまった。
しばらく弟とテレビを観ていた。弟が「喉が渇いた」と言い、テレビに夢中になった弟の代わりに僕は居間に向かうことになった。
ドアの向こうから母さん達の会話が聞こえた。
「そろそろ結婚でしょー」
「いやいやまだ早いよ。お姉ちゃんはいくつで結婚したの?」
彼女が母を「お姉ちゃん」と呼ぶことに違和感を覚える。
「私は二十六」
「じゃあ、あたしまだまだじゃん」
「それに彼氏と別れたもんな、お前」
彼女の兄が言った。
「兄ちゃんもいないじゃん」
「俺は、ほら、モテるから。一人に絞ったら女の子が可哀想でしょ」
あとの会話はあまり耳に入らなかった。
彼氏がいた。別れた。
その二つが僕の頭の中に残った。頭の中でぐるぐると回り続ける。それでも廊下に立っているのは不自然なので止まった足を動かしたら彼女が居間から出てきた。
「あ、光矢。どうしたの?」
ごく自然に彼女は尋ねてきた。
「新太が喉乾いたって言うんで」
「そっか。優しいね」
「いや、別に……」
緊張のあまりか無愛想な答え方をしてしまった。僕は彼女の横を通り抜け、居間に入った。彼女はたぶんトイレにでも行ったのだろう。僕はおばあちゃんから紙パックのオレンジジュースとコップをもらうとまた居間を出た。
ドアを閉めると新たな会話が飛び込んできた。
「でも、何で別れたんだろうね」
この声は彼女の母親だ。
「あの子が彼氏できたなんて言ったの、あれが初めてだったのにねえ。しかもすごく嬉しそうに」
「俺ならあいつと付き合うなんて無理だけどな」
彼女の兄の笑い声が続いた。その言葉に、その笑い声に、腹が立ったのもある。それ以上に悔しかった。僕はそこにも行けない。
テレビに夢中になっている弟にジュースを注いであげて、僕はもう一度廊下に出た。また彼女と会った。こんなことは珍しかった。今度は少し装いが違った。七分袖のパーカーを羽織り、斜めに小さなカバンがかかっていた。
「今日はよく会うね」
僕と同じことを思ったことが嬉しい。言葉を発するのを忘れるくらい、嬉しかった。
「デパート行くんだけど、光矢も行く? 母さんがめんどくさがってさあ。そのくせ注文するの。スタバのシナモンロールが食べたいとか」
「あ、じゃあ、財布取ってくる」
「いい、いい。いくつだと思ってんの。奢るって」
一緒に出かけることになって嬉しかったけど、年齢差を彼女からはっきりと提示されて少し胸が痛んだ。意固地になっても彼女を困らせるだけだと思ったから、僕は「ありがとうございます」とお礼を言った。
出かけることを双方の母に告げ、二人は家を出た。向かう先は一年前ほどにできた大きなショッピングモールだ。この町には似つかないほどの広大さで、たくさんの店舗が入っている。
読書が好きな彼女は、どうやら母さんから僕も読書をすることを聞いていたらしく、道すがら本の話題を振ってきてくれた。趣味は少し違うものの、彼女の話を聞けるだけで僕は充分だった。彼女が好きだという作家を頭の中にメモをすることもできた。買うほどの余裕はないから、図書館で借りよう。
話に相槌を打ちながら、僕はどうにかしてアドレスを手に入れたいと考えていた。直接アドレスを聞く手が一番単純で簡単だけど、それは恥ずかしくてしたくない。他の手を考える。僕は試しにメールが届いた振りをして携帯をポケットから取り出した。
「あ、携帯」
彼女はすぐに反応してくれた。
「うん。メールが来て」
「もしかして彼女?」
何となしに聞いているのは分かった。彼女の放った軽さは、僕の胸では鉛の重さへと変わった。僕は、平常心は保った。
「違いますよ。メルマガでした」
彼女はそれ以上追及してこなかった。本当に何となしに聞いてみたのだった。
「てゆうかもう携帯持ってるんだ。いいなあ。あたしが中学の頃、携帯持ってる子なんてすごく珍しかったよ」
「僕の学校は持っていないほうが珍しいです」
言葉が返ってこなかった。表情がおかしい。怒ってはいなそうだけど、笑顔ではない。何か変なことでも言ったのだろうか。
「敬語」
「え?」
僕は「けいご」が何か分からなかった。変換ができなかった。
「何で敬語なの?」
二度目で「けいご」を「敬語」と変換することができた。彼女の質問の意図も分かった。確かに僕は小学生の頃は敬語を使わなかった。敬語という観念がなかったとも言える。今は、特に中学に上がってからは敬語を多用するようになった。大人に対し、先生に対し、先輩に対し、彼女に対し。
「えっと……」
「ま、仕方ないのかな。実家の近所に男の子がいたんだけどね、その子もいつの間にか敬語で話すようになっちゃって。身長もぐーんと追い抜かれちゃった。男の子ってみんなそうなのかなあ」
笑って話しているけど、その横顔は寂しさが滲んでいた。
「光矢はまだあたしより低いね」
「もうすぐ追い抜くよ。だって僕、男だし」
なぜかは分からない。そんな言葉が出ていた。振り向いた彼女の瞳が丸くなって、そして微笑みになった。
「楽しみにしてる」
ベッドに寝転んで携帯を開く。ディスプレイに新しい文字が並んでいる。何度瞬きを繰り返しても、それは夢じゃなかった。
〈おやすみ〉
件名を「光矢です」と書いてメールを送信した。僕と彼女が繋がった瞬間だった。
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