昼休み、第一校舎二階に一人の少年が連行された。
「てっめえしつけえんだよ! 俺以外にも違反してる奴はいるだろうが」
叫ぶ少年の名は折原(おりはら)。校内一の問題児で、学内はおろか学外にもその名が知れ渡っているほどの不良である。
「大体この体勢はなんだよ!」
唾が飛ぶような勢いで折原は言う。
折原が言う体勢は、ソファの上にうつ伏せにされ、手は後ろで手錠をかけられている。さらにはその上に勝ち誇ったような笑みを浮かべている少年が押さえつけるように乗っている。
「いい加減素直になったらどうだ?」
「風紀委員長がここまでやってもいいんですかねえ」
吐き捨てるように折原は言った。
風紀委員長と呼ばれた少年の名は田中(たなか)。元男子校で、男子の割合が7割の我が高校の風紀を立て直そうと尽力している人間の一人だ。ただその厳しさには誰もが一線を引いている。
「心配するな。たとえことが大きくなっても揉み消す権力ぐらいは持っている」
「ふざけんなてめえ! つかいい加減に降りてくんねえ」
叫び疲れた折原は田中に視線を向けた。
「離したところでお前が服装を正すとは思えないが」
「あったり前だろばーか」
反射的に言ってすぐにしまったという顔になった折原。
田中は悪魔のような笑みで笑い言った。
「いい度胸してるじゃないか」
折原専用となった椅子に折原は括りつけられ、なす術もないまま服装や髪形を治されていた。
息がかかるほど顔を近づけられ、ボタンを全部止められ、ネクタイを締められる。楽しそうに笑いながら田中は手を動かした。
「この変態が!」
「俺はいたってノーマルだ」
「じゃあんなに顔近づけなくてもいいだろうがよ!」
叫ぶために前を向けばすぐ目の前には田中の顔がある。
「いや、お前の反応が楽しくな」
今すぐにでも殴りかかってやりたいところだが、この状態では何もすることができない。こめかみを震わせながら折原はことが終わるのを待った。
「折原、お前は絶対Mだな」
突如の発言に折原は罵声を浴びせることもできなかった。田中の発言に思考がついていかない。なぜこの男は突然そんなことを言ってきたのか、なぜMと断言されなければならないのか。
「マジお前死んでこいよ」
「ほう、先輩に対する口のきき方も指導しないといけないのか」
田中は上唇を舐めながら怪しく微笑んだ。
折原はその声音と表情と行動に畏怖を感じたのか全身を震わせた。
「やっぱてめえ変態だろ!」
「教育的指導の時間だ」
そう言いながら、さらに顔を近づけた。
「すいませんでした、田中先輩」
身の危険を感じた折原はすぐに屈服した。
「もう気が済んだでしょう。離してくれませんかね」
ふてぶてしい態度だが、折原は敬語を使う。
「まあもうすぐ昼休みも終わるからな。今日はこのぐらいにしておこう」
溜息をつきながら、田中は顔を離した。
体を解放され、折原は大きく背伸びをした。
「乱すなよ」
釘を刺すように田中は睨みを利かせた。
「誰が聞くかっての」
折原は小さく発した。勿論一歩出ればすべてを元通りに戻すに決まっている。こんなシャツをきっちり入れて、ズボンは上げて、ボタンは完全に止められ、ネクタイはきっちり締められ、髪はスプレーで押さえつけられ七三分けの正に生徒手帳に載るお手本のような服装で表を歩くのは御免だ。
チャイムが鳴った。
何も言わずに出て行こうとすると、「失礼しました、だろう」と田中が背中に向かって言った。
「し、失礼しました」
蛇のようにしつこい奴だと思いながらも従う。ここから出れば、あいつの手の届かないところへ行ける。
ドアを閉めて、一歩二歩。折原は勢いよくすべてを元に戻した。
「まったく懲りないな、お前」
「あんたもな」
背後から聞こえた田中の言葉を返す。
さあいつもの通り、ここからが本番だ。
位置について、よーいどん。
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